育てるということ

先日、久々に写真教室で先生とふたりになる時間があり、
いろんなおしゃべりをしました。

人の噂話も軽く交えて、
新しく教室に通い始めた方々について、
それから、
以前、教室に通っていた人のことについて。
ある女性が、以前教室に通っていました。
ここでは、仮にAさんとします。

Aさんが写真を始めたきっかけは分からないのですが、
私が見るに、のびのびと、素敵な写真を
楽しそうに撮っては焼いてを繰り返していました。

旅行先の写真や家族や友達の写真。
あぁ、人が好きなんだな、と
人の幸せそうな雰囲気が好きなんだな、と
思わせるような温かい写真だったように記憶しています。

彼女はそのうちに、
プロになろうと決心して事務所に入ります。
最初の事務所は、楽しい師匠だったそうで、
仕事自体は不規則で気も遣うし
大変でしたでしょうが、
上へのステップを彼女なりに踏んでいたのだと思います。

しばらく経って、
Aさんは別の事務所へ移りました。
どのくらいそこに居たのか、
どんな風に仕事に取り組み、
彼女の作品を作っていたのか分からないけれど、
間も無くして辞めたそうです。

その時、写真が嫌いになった、と
言ったそうです。

私はそれは、彼女の本心ではないと思います。
でも、そう言わせた何かが必ずあったのだとも思います。

教わり方や踏むべきステップが
間違っていたのかもしれないし、
合っていなかったのかもしれないけど、
そこまで言わせた何かに
私はとてもショックを受けました。

ですが、もうこれは数年前の話です。

でも、未だに先生は気にしているんです。


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「彼女がここで写真をしていた時は、
間違いなく楽しそうでしたよ。」

それが、私の言える精一杯でした。

楽しいと思って、一生の仕事にしようと決心するほど好きだったのに、
何かに壊されたんだなぁ…と。
それは、本人のせいではないのではないかと、私は思うわけです。

そして、
先生の悔しさは如何程かと、
察さずにはいられませんでした。