時間

先ほど、訃報を受けた。

 

近所の商店のおばちゃんで、

まだ亡くなるには若く、母と同い年ではないだろうか。

 

私は生まれた時からその方にお世話になっている。

そのため、私は今だに"お姉ちゃん"と呼ぶ。

 

 


小さいころからお店を訪ねる度に、

出がけに会う度に、

明るく声をかけ心配してくださる。


英語を習い始めると

「リンゴって英語でなんて言うん?」


小学校に上がると

「500円から食パン120円引いたらおつりは?」

 

つい数日前も、三十路で嫁にいかない私へ

冗談半分、本気半分で激励めいた言葉をかけてくださった。

 

死因は持病の悪化によるものらしいが、

それにしても突然過ぎる。

 


 * * *

 

近頃、周りの大人たちの変化が著しい。

老いを感じることが増えた。

 

私はずっと同じところに住み、

転職しそれなりに生活を変えながらも、

ずっと独り身のため大きな人生の変化はない。

 

何も変わらないつもりでいたのだろうか。

周りの変化に気付くよりも、

まだまだ自分のことで精一杯だったのだろうか。

 

分かっていたようで分かっていなかった事実に

近頃少し情けなさを感じている。

 

 

 * * *


 

実は先日、ある大学の通信課程へ入学した。


何年もかけて決断し、自腹を切っての入学。

必要性も想いもあってのことなのだが、

自分では、熱がまだ足りないと思っている。


波待ちの私に、

もう一人の私が一生懸命に発破をかけている。


<人生は短いよ。

やりたいことを仕事にしても、

本気で取り組まないと続けられないよ。

私の適性は分かっているんじゃないの。>


心の底では人生に嫌気が差していることを薄々分かっている。

でもそれ故に、一生懸命になれる何かを目の前に具現化したいとも思っている。



お姉ちゃんに報告したらなんて言ったかな。

「またお母さん心配するんじゃないん。でも、よしみちゃんらしいね。」


分かっていないのはいつも、自分だけなのかもしれない。